03. 夏を継ぐ猫

「大学生の就職率って、いまは60%くらいなんだってね」

昼休み。会社のカフェテラス。
それが今日のランチタイムの、取り敢えずの話題だった。

「へえ。そうなんですか」

モモ課長の口調からは、それが高いのか低いのかすら判断できず、僕はあいまいにごまかした。2年とちょっと前には、僕も就職活動をやっていたのに。いまとなってはそのときの就職率が何%だったのか、それすらも思い出せなかった。というか、おそらく最初から知らなかったのだろう。

「だいぶひどいよねー」お気楽に感想を述べる課長の今日のお昼は、アボガドのオープンサンドイッチだった。

「それは絶対値が? それとも傾向が?」僕はそうたずねる。これはランチの気楽なお話。そうですねー、とでもいっとけばよいのに。ついつい、正確な情報を問い質してしまうのは、理系気質の悪い癖だ。ミステリの助手役には向いているかもしれない。

「うーん。テンデンシィのほうかな。絶対値は、アメリカとかの方が酷いし。でもほら、日本はずっとたかかったでしょ。もとから低いのが、さらに低くなるのとは別種の影響があるよねー」

「そうですね」ぼくはそう答える。ドワーフの首が短くなるのと、キリンの首が短くなるのと、どちらが大変かなあ、と考えながら。キリンの首が短くなったら、アイデンティが崩壊してしまうだろうか。なんとなくだが、おそらくはキリン一頭一頭はたいして気にせず、そのまま生き続けるのではないだろうか。そして生存競争にだんだんと負けていき、どこかで静かに絶滅するだろう。「その率って、なんで低くなるんでしょうね」

「まあ、いろいろあるんだろうけど」彼女が不器用にサンドイッチを口に入れたので、アボガドが一切れ、皿にこぼれた。「仕事に必要な人数と、実際の生きてる人数が釣り合ってないんだろうね」
「いまは相対的に仕事が少ないと」
「そういうこと」
「でも、この世界には解決しなきゃならない課題がいっぱいですけど。いまだって多くの人が飢えに苦しんでるし、海洋生物は絶滅しそうだし、地下油田から石油は漏れ続けてるし、まだ火星のテラフォーミングもしていないし」
「まったく。そういう意味じゃ、仕事は山積み。文字通りね」
「でも。ここにはその山はない」
「そういうこと。お金にならないからね」
「お金ですか」僕は繰り返す。それはアボガド一切れにいくら払うか。という意志の問題だ。「抽象的に言えば価値配分……、資源配分の非平衡が問題ということですか。人類全体の。情報伝達を改善することで、もしかしたら緩和されるかもしれない」
「そう。広い意味で言えば」
「もっと高速で効率的な情報伝達手段があればいいんですかね」
「ああ。そっちのほうこうにいくか」そこでモモ課長は口の端をあげる。「私は逆の意見だね」
「逆? ああ、情報を制限する方向?」
「そう。これはどっちかっていうと、ノードの処理系不足が問題じゃない?」
「そのアーキテクチャは一時しのぎでは? 大域的には、資源分配が非効率になる」
「もちろん。でも、今の社会の目的って資源の効率的な分配なの?」
「うーん。なるほど。今より貧しくとも、まわりが皆貧しければ、ってやつですか。昔の村社会みたいな幸福モデル」
「それをもうちょっと人為的にやればよい。でもこれには、管理者問題があるけどね。情報を制御する管理者が、常に他のものより有利な資源配分を受ける可能性が高い」
「自動化すればいいのでは?」
「コンピュータが支配するメガロシティってやつ? 70年代のディストピアじゃない」
「ZapZapZap」
「なにそれ?」
「あ、知りませんでしたか……」今日はじめての認識の齟齬に、僕はにっこりと微笑む。「モモ課長も、なんでも知っているわけではないんですね」
「それ、なんかの引用? 君の引用って、すごく気の利いた警句か、あたりまえすぎて意味のわからないことのどっちかだよね」
「ボラタリティをあげる努力をしてるんです」
「傍から見ると意味不明なだけだよ」ジト目で僕を見るモモ課長。

そのジト目に、僕はちょっと傷ついた(嘘だが)。でもまあ結局、確率的議論っていうのは、そんなものかもしれない。結局、僕らの人生は一回しかなく、発現しなかった事象は、手の届かない平行世界へ霧散してしまうのだから。



そんな感じのことを、今日のランチタイムのとりあえずの結論にしておこう。