理系サラリーマンの毎日は特異点でない日々

最近のオタク系コンテンツを見ていると、「どんなものでも登場人物を萌え美少女にさえすればオタコンテンツとして成り立つのではないか」という妄想にとらわれる。たとえばオタク同士のどうしようも無い会話でも、登場人物を女子高校生にすれば受けるとか[1]。本小説はそんな思いつきの仮説の、思いつきの検証である。

不適切なイントロダクション

研究者はこの世で最悪の職業である。これまで世に存在したすべての職業を除けば。

私たちはなんのために存在するのか? なんのためにここにいるのか? パワーポイントの書式を直し、正しい印を押し、ホチキスでとめるためか? もちろんそうでないとを信じてはいるよ。希望を失わない限り、未来には無限の可能性があるのだから。
―― ある研究部長の言葉

私の名前は山田。就職氷河期をくぐり抜け、ある中小メーカーに就職を決めた、ピカピカの新入社員である。ピカピカの大学卒で、ピカピカの文系である私は、なぜかピカピカとは言い難い「戦略基盤技術研究開発本部センター」の前にいた。

ずいぶんと御大層な名前だが、その実態は工場の片隅に立てられた、築30年の小汚い建物である。薄汚れた小さい窓と奇妙な配管パイプが、建物の壁面を飾っていた。弊社の部門名には「戦略」と「本部」と「基盤」と「センター」のいずれかもしくは複数が、必ず付く。これは私が新人研修で学んだトリビアの一つである。となると私が行くように命じられたこの部署は、省略していうと「研究開発部」なのだろう。


つい数時間前のことだ。新人配属担当のお姉さんは私に「戦略(略)センター」への配属を告げた。「がんばって」という短い激励とともに。文系四大卒の私が研究開発部で何を頑張ればよいのかは謎であったが、優秀な新人サラリーマンである私は「はい。がんばります!」と元気で中身のない答えを返した。

いま思えば、あれは失敗であった。あそこは「何をどう頑張ればよいのでしょうか?」と聞きなおして、できるサラリーマンを演出すべきだったかもしれない。


そんなことを思いながら、私は戦略(略)の扉を開けた。



廊下に、美少女が倒れていた。

おまけに口から血を吐いていた。



「はえ?」
私はサラリーマンにあるまじき間抜けな声をあげる。なぜ会社の廊下で、人が血を吐いて倒れている? 何かの事故? 転んだ? バイオハザードエボラ出血熱? 疑問が疑問を呼び、答えの無い疑問は恐怖を生む。

そして――。


(第二話に続く)


参考文献

1. 美水かがみ, 『らき☆すた』, コンプティーク1月号 (2004).