その2

 西森セネカは健康的な女だ。その証拠に朝の五時には完全に目覚めている。おまけに電話もかけてくる。
 夜明け前の電話は悪魔だ。少なくとも常識の敵だ。敵は攻撃すべし。悪は滅殺すべし。手始めに電話を窓の外に投げ捨てるべきか。凪瀬はそんなことを考えながら布団の中で携帯を取り「こんばんわ」とジェントルに挨拶をした。主観的には。だがセネカには通じなかったらしい。
「言語野を損傷したのか? 言葉が変だ」
「ん、頑丈ぶ」
「ガンジョウブ?」
 セネカの不思議そうな声を聞きながら、凪瀬は頭を枕に押し付けた。ニューロンの活動電位を強引に上げる。
「ひょっとして、いま、ジンバブエ?」
「時差はないよ」かすかに微笑んだ気配がした。「相対論的補正も無視できる程度だ」
「西森さん……、いま、朝の五時なんだけど」
「もう五時だろう?」
「勘弁……。まだ寝てから一時間ちょっとしか経ってないんですよ」
「非効率的な生活習慣だな。研究室の大半がそうだが……。君たちはなぜ昼間睡眠し、夜に活動するんだ? 効率が悪化するだけなのに」
「日光にあたると体が溶けるんです」
「それは知らなかった。では急ぎ給え。もうすぐ日が昇る」
「なにをです……」
「忘れたのか? データがおかしいといっていたろう」
「ああ、チタンサファイア
 あの異常な数値について相談したのだったか。昨晩、というか今日の早朝にメールで報告したやつ……。反応が早い。しかしこんな時間に電話する必要はないじゃないか。メールで済ませるか、せめてもっと常識的な時間にするとか。いや確かに何時でもいいとは書いたが。
「凪瀬、君が私に相談を持ちかけてきたんだぞ」
「でも、なんで五時に?」
「私は早寝早起きだからな」
「何時に寝るんです?」
「夜か? 八時だ」
 小学生か、こいつは。