05: 舞姫

 サーバは既に落ちている。研究室は静かで、白熱灯の光がまぶしいのが無駄だ。学会の締め切りが昨日終わったこともあり、皆、昼過ぎには帰っていった。今晩は初雪だそうだ。帰りがけに、同僚がそんなことを言っていた。


 あれは夏。僕はそれを思い出す。もう数年前だ。ここでそれを回想しよう。


 日本の首都圏に住む、多少は勉学の素養のある小学生と同じように、私も中学受験をし、私立の中高一貫校で6年間を過ごし、大過なく現役で適当な国立大学に入学した。歴史が好きであったが、それが故に、学部には理系を選択した。それなりに真面目に授業を受け、テスト前には勉強し、麻雀にもMMORPGにも手を出さず、至極真面目にこれまた大多数の学生と同様に大学院へと入った。それなりの修士論文を書き、査読付きの論文も1本書いて、博士に進むか多少悩みながら、金がないという至極真っ当な理由で、学業を中断し適当な民間企業に職を決めた。これまた大過なく数年をつとめ「洋行して研究してこい」との命令を受け、良い機会ということで、はるばる家を離れてベルリンに来た。


 私は茫漠とした功名心と、生真面目な性質とを持ち、すぐさまこのヨーロッパの新しい大都市の中央に立った。いったいどのような先進国のきらめきが、私を打ち据えるだろう。「菩提樹の下通り」というと、なにかこじんまりと洒落た場所のように思えるが、病的なまでに真っすぐ伸びたウンター・デン・リンデンは、東西ドイツ統合の象徴ともいえるブランデンブルグ門まで威風堂々と続く大通りである。通りの両側には各国の大使館と高価なブランド店が軒を並べ、石畳の歩道を歩く男女は世界中から集まった観光客である。皆がこの欧州強国の首都に返り咲いた数奇な都市を見つめて陶然としている。しかし私の胸には、まあ、これは銀座と変わらんな、というつまらぬ感情だけが芽生えていた。


== 秘技・章替えリセット! ==


「キミ。また三文小説を書いているのかね。しかも完全に『舞姫』そのままじゃあないか。19世紀じゃないんだからね。エリスはいったいどんな配役にするつもりだい? どうしたって非現実的すぎるだろう。不治の病に侵された少女にでもするかね。『恋空』みたいな。うん? あれは『セカチュー』だったか? どっちにしたって、親と同居という設定はあり得ないのではないか?」

 銃身の焼け付くことの無いマシンガントークを炸裂させるモモ課長に向かって、僕は静かに両手を上げた。サイレントなサレンダー。

「ちょっと書きたかっただけですよ。煙草みたいなもんです」