駆け出し研究員の誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくい研究のチョコっとについて教えましょう

まずこの小さな記事を始める前に、私自身について多少述べよう。私は研究者の卵であり、多少の真似事はしつつも、まだ独力で研究のすべてを展開できる力量はない。キャリアを始めたというよりも、「私たちの全ては、まだ始まってもいない」段階である。
しかし、その真似事の中だけでも、いくつか自分なりに見出した(か、そう思い込んだ)研究の要点があるので、それを書き出してみようと思う次第である。よってこの要点は完全ではないし、ましてや完備でもない。読者のフィードバックが得られれば幸いである。



要点一:アイデアを拷問にかけよ

もし君が、新しい実験法や、アルゴリズムや、うまい計算法や、そのほか何か"great"なアイデアを思いついたら、先輩や教授や上司に話す前に、一度そのアイデアを以下の試問にかけてみよう。

  • 解いている問題は一言でいうと何?
  • なぜその問題が面白くて重要なの?
  • その問題のどこが難しいの? 当たり前に解けるんじゃない?
  • なんでほかの人は、今まで解いてないの?
  • 君のアプローチは、どこらへんが革新的で重要なの?

これらの質問にすらすら答えられないなら、そのアイデアについて、君はもう少し考える必要がある。つまりそれを棄てるか、改良するかを決断する必要があるということだ。
もちろん、単純にその問題が「(自分にとって)美しいから」「(自分にとって)おもしろいから」というのも、上の質問に対するシンプルで強力な答えになり得るだろうが、現実的には、すくなくとも表面だけでも取り繕って(バリアコーティング!)上の試問に耐えられるなんらかの筋の通った答えを用意できなければ、お金をもらってそのテーマを研究するのは難しいだろう。そして当たり前だが、論文の査読者も上の試問に耐えられないような脆弱なアイデア(上の試問に答えることが、論文のイントロダクションそのものである)に基づいた論文に、アクセプトを出さないだろう。

要点二:最短経路を最速で走破せよ

イデアは決まった。次なる手順は、課題の明確化である。君はそのアイデアについて、何日も何週間も考えてきているので、その問題について深く理解している。深く理解しているとは、その複雑に絡み合った課題全体を認識しているということだ。
しかし君はその課題を、大胆に切り分けなければならない。大きな課題の中から、今回相手にする課題正面切り出すのである。
これは、大抵一文で表されるほど短い。そしてこの課題正面を撃破する(説明する・解決する)なんらかの決勝点を決める。これは大抵、一枚のグラフであったり、ひとつの数式であったりする。ここまでくれば、このグラフ(数式)を如何に素早く・確実に得るかが、研究の要諦になる。
そして君は、この決勝点グラフを得るための最短経路を見つけなければならない。それは実験条件であり、手順であり、シミュレーション方法でもある。すべての実験は、一枚の決勝点グラフを得るために奉仕しなければならない。ここでいけないのは、事象のすべてを理解したいという純粋な欲求に突き動かされ、あらゆる角度からあらゆる実験を行おうというものである。これはよろしくない。というのも君の資源(君の時間、体力、気力、試薬、実験機器の使用時間、お金など)は有限であり、自然の神秘は無限だからである。君は自然の神秘を小さな領域に分断し(課題正面をきめて)、これに全力を一時にぶつけて各個撃破しなければならない。

要諦三:精神力と生活の維持

研究はその対象が自然であり、数式であることから、精神力とは無縁のものと誤解されがちである。しかし研究は、知的欲求にしたがった人間の行動であり、この成否は研究者の精神に強く依存する(と私は信じる)。円周率は人間の精神と無関係に決まるが、円周率を数万桁まで計算しよう、という行為は人間のものだ。人間以外の誰がそんなことをするだろうか。研究者が円周率の計算を100桁でやめても、自然は気にもとめない。
そしてまた(屈折した展開になるが)私は人間の精神は、物質的環境に規定されると信じる。腹が減れば集中力はにぶる。三日間寝ないでいてなお頭脳の明晰さを失わない、などということはない。物質は社会を規定し、社会は個人の発想を規定する。ある研究室に入れば、その発想に染まるし、ある国にいてもそうである。
それゆえ、研究者は常に自分の周りの物理的環境に注意を払わなければならない。睡眠時間をキチンと取り、朝ごはんを食べ、適度な運動をし、適当に褒めてもらって承認欲求を満たし、コーヒーと紅茶は上質なものを揃え、デスクは広く清潔に保ち、照明は明るめに、資料と部品はきちんと整理する。得てして研究者という人種は、(私も含めて)こういったことが苦手であるが、これも良き研究のため、もっと言えば、決勝点において自分の資源(大体において頭脳)を最大限に発揮するためである。
また、環境管理の一環として、ある期間ごとに意識的な揺動を与えることも重要である。セミナーに出たり、海外に行ったり、研究室を変えてみたり、あまり関係のない展示会に行ったり。これによって、無意識のローカルミニマムから、ポロリと脱出できるときがある。人間は基本的に自分の周りだけしか見えないので、ローカルミニマムに落ちている時に、自分がローカルミニマムにいると悟るのは難しいのだ。




いかがだろうか。
ずいぶんと独善的な要点かもしれないが、ここまで読んでくれた読者に多少なりとも参考になれば幸いである。