知らない地に行くということ
それはある意味大変なことではあるが、しかし隣のビルに引っ越すこととどの程度の違いがあるだろうか。
でも、それを重大なことと考える人もいて、そういう人は、僕にいろんな心構えを教えてくれる。
そういうのは、場所さえかえれば、ここではないどこかに行けば、すべてが変わるのだ。そういう信念と表裏一体で、微笑ましくもある。
逆に旅行に行くみたいな気分で、すべてを語る人もいる。つまり、家から出発して、いろいろあって、そして最後には家に帰る。そういう移動のことだ。
ここで言えることは、未来への切符は、いつだって白紙ってことさ。
これは、希望とか願望ではなくて、単なる事実。
年を取ったせいか、残念だな、とは思っても、心を引かれることが少なくなった。
年を取ったせいか、無理に移動することがおっくうにもなった。
すべてのものをスーツケースひとつにして。
そのためには、電子化は重要なツールのひとつだ。
ひげ剃り、食器、ジャケット、電話。
すべてのものを、旅行用にして暮らしたい。
モノが少なすぎても困ることはないが、モノが多すぎて困ることは多い。
クレジットカードとシャワーとベッドさえあれば、特に他にいるものはない。
贅沢を言えば、インターネットもあった方がいいけど。
まあ、これは人生の姿勢制御みたいなものだ。ちょっと吹かした瞬間には、ほとんど何も変わらない。でもそれが、ずっと先、何万マイルか先で、大きな航路の差となる。宇宙船と違うのは、それが単純な工学じゃ、予期できないってことだけだ。バタフライエフェクト、ともちょっと違うけど。
そう。「後ろ向きに点をつなぐしかない」ってやつさね。今風の言い方で言えば。