私が社会人になってから、26週間がすぎた。
経験的に、ひとは13週間ほど同じ環境に身を置くと、その環境を「ホーム」というか、「常識」とみなすようになる...と思う。この期間はながすぎかもしれない。短い人は、7週間もあれば完全に同化してしまうようにもみえるし。

まあ、そんなわけで、もう、信じられないくらい、とてつもなく長い時間が過ぎた、ということな訳だ。
となると、そろそろ何かをかえなくてはいけない。そのように思うことも増える。

昨日と同じ今日を継いでいくのは、苦痛なものだ。もちろん、昨日と同じ今日なんてないし、それは新しいことを学ぼうという意識の欠如がそうさせるのかもしれないし、まあ、なんというか、反論や批判はいくつも思いつくのだが、しかし、そんなに的外れな感想、という訳でもないとはおもう。ずれたとしても、せいぜい24°くらいだろう。

しかし、ここではたときづくのは、何をかえていいのかわからない、ということだ。というのは嘘で、別に何をかえてもいいのだが、そのときにプライドをどう処理するか、ということが問題である。核廃棄物みたいなものだ。なるべく排出量が少ない手を取りたいのはやまやまだが、しかし、べつに排出量が少ないのが、本当にとりたい手段という訳でもない。

核廃棄物にいまだ安全な処理方法がないように、プライドにもない。いや、あるかもしれないが、僕はまだてにいれていない。ジョン・レノンなんかは手に入れてたらしいけど。やっかいなものだ。


まあ、今からできることは、つぎの13週間のことでも想像して創造して実行することだけなのだけれど。